フラッタ・リンツ・ライフ 〜flutter into life 〜
著者:shauna
「なるほど・・・そりゃ魔力も無くなるな・・・」
城の階段を昇りながらアリエスは呆れたようにシルフィリアを見た。シルフィリアも「アハハ・・・」と誤魔化しているが、そんなことをしたらどんな強力な魔力を持った魔道士でも絶命しているのではないだろうか?
3階の廊下には尋常じゃない量の人でごった返していた。
野次馬を掻き分けながら3人はセレナの元に駆け寄る。
「お姉ちゃん!!」
セレナの元に着くなりミーティアが叫んだ。
シルフィリアもアリエスもセレナを見た途端に同じ感想を持った。
このままじゃ一時間と持たずに死ぬ。
身体はぐったりとし、血にまみれ、片方の目の瞳孔が開いている。
おそらく精神侵食系統の魔法を掛けられて悶え苦しんでいるところをナイフで滅多刺しといったところだろう。
急所は外れているが、でも、内臓にダメージを受けている以上良い状況とは言えない。
一応今は王宮魔法医が傍について必死に傷を診ているがそれでも医師の顔は曇り続けていた。
「先生!お姉ちゃんは!?」
「非常に危険な状態です。肺と心臓を避けていた為、即死は避けていますが、内臓の主要な臓器のほとんどに傷口がある状態で・・・なんとか魔法で進行を遅らせてはいますが、それでも非常に危険な状態に変わりありません。」
「ラズラヒールとかで何とかならないの?」
「無理です!おそらく神界術のいづれかを使用されている為、魔法によっては魔法同士が同調してしまいます。ラズラヒールを使用するのは危険すぎます!」
「じゃあ・・・どうすれば・・・・」
「手の施しようがありません。」
「そんな・・・・」
ミーティアがガクッと膝を折って、その場に座り込んだ。
「シルフィリア様・・・・」
そして、最後の頼みの綱。シルフィリアを振り返る。
「何とかならない?」
髪の色がもうクリーム色に戻ったシルフィリアなら何とかできるんじゃないか・・・・
だからこそ魔法医より先にシルフィリアを呼びに行ったのだ。
あの時、セイミーを直した技。あの時、死にかけのセイミーを彼女は軽々と直して見せた。おそらくは治癒魔法に関してはエキスパートだと認識している。
シルフィリアならなんとかしてくれるはずだと・・・
「確かに・・・シルフィーの女神の伊吹(ブレス・オブ・ゴッデス)なら中間にシルフィーの力が感傷するから安全だけど・・・」
アリエスが訥々と言葉を紡ぎ、そして腕の中のシルフィリアを見つめた。シルフィリアは前髪で目が見えない程俯いてひたすら黙っている。
「何故・・・このような状況に?」
「舞踏会の会場にまだ子供が残ってるって情報が入ってきて・・・それでお姉ちゃん・・・。助けに行かないとって言って飛び出してって・・・」
シルフィリアが脇眼を振るとそこには数人の貴族の子供が泣きながら蹲っていた。おそらく助け出された子供達だろう。
だが、シルフィリアはそれでも感情一つ見せなかった。
ただ訥々とミーティアに質問する。
「究極の防御、ベストラも纏わずに?・・・・」
「・・・・うん。」
「敵がうろついてるかも知れない城内を共も連れずに一人で?」
「・・・・」
「私の云い付けも護らずに?」
「・・・・(泣)」
眼からポロポロと涙を零すミーティア。
やがてシルフィリアが一つの結論を出した。
「なら、私が助ける必要はありませんね。」
それはあまりにも冷たい言葉だった。
「シルフィリア様!?」
「ベストラを身に纏っていて尚且つ、あの場を動かずに私の言いつけ通りに隠れていて、それでもこんな状況になったというのであれば助けましょう。
ですが、彼女はそれを一つも護りませんでしたよね。それで何故私が助けなければならないのですか?」
その場にやっとジュリオとカーリアンも駆け付けた。
「お願い・・・シルフィリア様・・・助けて・・・」
「大体今の私では魔力が足りません。もちろん回復させる方法はありますが、そこまでして助ける価値が彼女にあると思えません。」
「お願い・・・だから・・・助けて・・・」
「成るべくして成った結果です。これも自然の摂理でしょう。それに私は彼女のこと・・・死んだら良いと思ってましたし・・・エルフなんか全滅すればいいと思ってる私が彼女を助けると思います?」
「シルフィリア様!!」
必死の形相をするミーティア。怒りと憎しみに溢れたその表情を見てもシルフィリアは眉ひとつ動かさない。
それどころかミーティアに向かって氷のように冷たい目線を浴びせかけた。
「確かにシルフィリア様はエルフが嫌い!!過去に何があったかもさっき聞いたから知ってる!!でもそれって所詮過去の出来事でしょ!!いつまでも過去に囚われ続けてるなんて馬鹿だよ!!」
「ミーティア様!!」
カーリアンが静止しようとしたがミーティアは止まらない。
「過去に囚われて未来まで捨てるなんて、そんなのおかしい!!それに、一生懸命、今を生きようとしてるお姉ちゃんの未来まで奪う権利はあなたなんかに無い!!」
「ミーティア様!!」
カーリアンがついにミーティアの両肩を抑え込んだ。
「シルフィリア様は逃げてるだけだよ!!必死に生きるのが嫌なだけだよ!!カッコつけてるだけだよ!!」
―パンッ!!―
強烈な衝撃がミーティアの頬を伝った。
「いい加減しなさい!!」
頬を叩いたカーリアンが鬼の形相で迫る。
「あなたは何も知らない!!彼女がどんな決意で髪を切らずに伸ばしているか!!どんな決意であの杖を使っているか!!どんな決意であの胸元にブローチをつけているか!!何も分かってない!!」
「カーリアン・・。」
シルフィリアが柔らかく静止したがカーリアンはもう止まらない。
「いいかよく聞け!!シルフィリアのシンボルスートは闇!光なんか本来ほとんど使えない!!なのに彼女は何故光と・・それから様々な物を操る時に使う風を自由に操れると思う!!」
「カーリアン・・。」
「古代のエルフはな!!シルフィリアに杖とブローチにそれぞれシンボルスートを内蔵する技術を作らせたんだよ!!」
「カーリアン!」
ギャラリーが一斉にざわめき始めた。当然ミーティアも驚愕する。そんな技術は聞いたことが無い。シンボルスートを内蔵するなんて・・・そんなことが出来たら・・・・
この世界の歴史を覆す大発見だ。
「なら!その杖を私に貸して!!私の魔力でお姉ちゃんを助ける!!」
「馬鹿者が!!」
カーリアンがもう一度、今度は逆のミーティアの頬を激しく叩いた。
「いいか!シンボルスートを内蔵する為に必要なのはな!!」
「カーリアン!止めなさい!その子にはまだ刺激が強すぎます。」
「必要なのは・・・」
「カーリアン!」
「一番大切な人間の心臓と血液だ!!愛情がその者の心臓と血液に同調を与え、スートと化すんだよ!!」
―言ってしまった・・。―
シルフィリアがガクッと肩を落とす。ミーティアはあまりの驚きに言葉を失っていた。
「あの杖の王冠の付け根には・・あの龍の装飾の下の筒には!光のスートを持った彼女の母親の心臓の肉と血液が入っている!そしてブローチには同様に風のスートを持った彼女の父親の心臓の肉と血液が!何故彼女がそんなモノを持っていると思っている!?そうだ!!彼女の両親はエルフ達に生きたまま心臓を抜かれ、何も知らないまま杖とブローチに内蔵させられたんだ!!そして彼女はその杖とブローチを何も知らないまま使い続けて何百万、何千万という人間を殺させられた!!お前にその気持ちが分かるか!!お前だったらどうだ!?最愛の父親と姉を武器の為に殺され、その武器をつかって人を殺せるか!?使ったとして、散々殺した挙句、その武器の正体を知った時、お前はまともでいられるか!?自分だけでは無く、最愛の人間を2人も闘いに巻き込んでしまったことに耐えられるか!!」
ミーティアの目から光が消えた。刺激が強過ぎたようだ。
まあ、16歳でこの事実を聞かされては仕方がない。
彼女はまだ乙女なのだから・・・。
「そんな・・・ウソ・・・エルフが・・そんなことを・・・」
「これでもまだ、『過去にとらわれるな』などと口が叩けるか?これでもまだエルフを憎まず、仲良くしろなんて言えるか!!もしあなたの父姉が誰かに殺されたとして、殺した奴の家族が病気だった時、お前は助けてやるか!?」
―無理だ・・・絶対に助けない。むしろいい気味だと嘲笑う―
「それに方法にも問題がある!!いいか、今シルフィリアの魔力は溜まって居ていて10%程度だ!だが、これから使う術は軽く20%を使用する!シルフィリアの持つ技の中で最も魔力を食う燃費の悪い技だからな!!必要な魔力量はラズラ・ヒールの数十倍だ!!その分を回復する為にはアリエスの宝具『ザイス・クラーグ』で時間を戻すしかない!!しかし、あの宝具は戻った時間だけ・・・使った時間だけ寿命が縮む!!そして、あれが使えるのはこのラズライトでアリエスのみだ!!お前はさっきこう言ったな!!『一生懸命、今を生きようとしてるお姉ちゃんの未来まで奪う権利はあなたなんかに無い』と!!ではお前にはあるのか!!アリエスの未来を奪う権利が!!フェルトマリアが7年もの間苦しんでやっと手に入れた安息の地を壊し、奪う権利が!!」
「・・・・・」
「答えてみろ!!それでも王女か!?ミーティア・ラン・ディ・スペリオル!!」
「・・・・ごめんなさい・・。」
目から先程にも勝る大粒の涙を零しながらミーティアはその場に頭を伏せた。
「フェルトマリアは何千万もの人間を殺した。・・・・そして、その罪を一身に背負う決意で・・・今だに髪を伸ばし続けている。当時大量の血を吸いこんだ・・・・自分の髪を・・・あなたにそれが分かるか?・・・・」
ミーティアが静かに答える。
「ごめんなさい・・。私・・・なんにも分かって無かった。わかったように見えて・・・全然分かって無かった。本当に・・・ごめんなさい・・・。」
その様子はあまりに痛痛しい。
彼女にもなんの罪もないというのに・・・
だが、これが戦争だ。
一度起こると後世の全く無関係な人々まで巻き込む。
だから戦争なんか失くさなければいけない。
だからシルフィリアは決めた。
戦争を失くすと・・・自分の方法で世界を永久に平和にすると・・
「でも・・・」
泣きながらもミーティアが言葉を繋いだ。
「それでも!お姉ちゃんは私にとってたった一人のお姉ちゃんなの!!お願い!!助けて!!なんでもするから!!私の命ぐらいならいくらでもあげるから!!お願い!!」
あまりの必死さにアリエスはおろかシルフィリアすら少し引いてしまう。やがてアリエスが苦笑しながらその口を開いた。
「シルフィー俺からも頼むよ・・。俺の寿命ぐらいいくら使っても構わないしさ。重要なのは長生きするかじゃなくって死ぬまでにどれだけ大切な思い出を作れるかだって昔シルフィーに言ったことあったけ?」
「言いましたね・・・。」
「それにこのまま彼女を見殺しにしたらたぶんミーティアが君のこと恨むよ?一生・・・。戦争を失くすって言ってた人が戦争の被害者を増やしていいの?」
「それは・・・・まあ・・・そうですね・・・。でも、私はエルフは何があろうと好きにはなれません。」
「・・・・・」
「絶対ですからね!!」
「俺からの頼みでもダメかな?」
それを聞いた途端シルフィリアは何も言えなくなってしまった。
ってか、この状況でそんな言葉を出すのはズルい!!
「シルフィー・・・お願い。助けてあげて。」
「・・・・・・」
「シルフィー・・・・・お願い。俺でよければなんでもするからさ・・・」
数十秒の沈黙の後、シルフィリアは「ハァ〜・・・」と長い溜息をついた。
「離して下さい。」と静かにアリエスに呟き、シルフィリアはゆっくりと地面に足を付けた。
「シルフィリア様・・。」
「まず最初に・・こんなサービス、二度としません。肝に銘じておいてください。」
え?それって・・助けてくれるってこと?
ミーティアの顔が一気に明るくなり、
「ハイ!」
と全力で頷いた。
「次に、今聞いたことは忘れること・・・あまり世間に広められると困るので・・・皆さんもよろしいですね?」
シルフィリアの問いかけに対し、ミーティア含めギャラリー全員が「もちろん。」と言うように縦に首を振った。
「最後にミーティア。君の考え方は間違がってる。」
―へっ?―とミーティアが瞬きする。
最後につけ加えをしたのは後ろにいたアリエスだった。
「君はさっき、自分の命と引き換えにセレナを助けて欲しい的な発言をしたね・・。」
「・・・・・」
「でも、もし、ミーティアが命を捧げて結果、自分が助かった時、セレナはなんて言うと思う?『私を助けるために死んでくれたのね!まぁうれしい!ありがとうミーティア!』とでも言う?残された者が一番辛いんだ。覚えておいて。」
「ハイ・・。」
シルフィリアが大きく伸びをした。
「限定・・・解除!!(セカンドリミット・・リリース!!)」
シルフィリアの周りに信じられない程の魔力が渦巻く・・。
それは肉眼で見える程に綺麗で真っ白で・・・
まるで全身に白いオーロラの羽衣を纏っているようにすら見える。
そして、その中でシルフィリアの髪の色が普段の純白に戻ったのは本当に一瞬の出来事だった。
シルフィリアはすぐに詠唱を開始する。
「我との契約の元に具現(あらわ)れよ聖なる王。汝が統べるその大いなる力を我に与え、我の望む全ての者を救え。神の息吹よ、癒しの恵みを運べ。」
杖が輝き始めた所でシルフィリアは一息呼吸を入れて術を唱えた。
「女神の伊吹(ブレス・オブ・ゴッデス)。」
セレナの体が優しい光で満ちていった。
すごい・・とミーティアは感動する。
傷が・・・汚れが・・・服が・・・・すべてがドンドン綺麗になっていく。
時間を逆再生しているみたいだ。
時間にして僅か30秒。
それだけでセレナは先程まで死んでいたことなどまったく無かったかの様子で静かに目を覚ました。
「お姉ちゃん!!大丈夫!?」
「ミーティア・・・私・・・・」
「大丈夫なの!?」
「・・ええ・・大丈夫。なんだかすごくいい気分。すごく気持ちいい。頭が凄いクリアで体も今すぐ動かせる気がする・・。」
シルフィリアに対し、セレナは「ありがとうございました。」と静かに礼を返した。
「すごい・・・あんな酷かったのが一瞬で・・・・ねえ、シルフィリア様。今のってどういう原理?世界の審理を探求する一人の魔道士として知っておきたいんだけど・・・。」
「そのうち、あなたにも掛けてあげますよ。“女神の伊吹”は基本全ての状態を最高にまで戻す魔術として考えたものですから・・・。百聞は一見にしかずといいますし・・。それに、今は時間がありません。」
シルフィリアが後ろを見るとアリエスもコクっと頷いた。
「限定・・施錠(セカンドリミット・・ロック)」
シルフィリアの髪が再び金髪へと戻る。
先程の美しい魔光も同時に消え去った。
そして、シルフィリアはミーティアを見つめる。
「今度はミーティアさんも一緒に来ますか?」
「え?どこへ?」
ミーティアが「ん?」と首をかしげた。
シルフィリアはそれに対し、口元に人差し指を当ててウィンクしながら・・・
「犯人を捕まえに・・です。」
ニッコリと笑ってそう呟いた。
「種明かしもしてあげたいところですしね。」
「ま!待ってくれシルフィリア!!」
ゆっくりと歩き出そうとするシルフィリアを呼びとめたのはカーリアンだった。
「我々もフィンハオランから情報を聞いてすぐに城内の至るところを探した。しかし、どこにもロレーヌ候の姿は無かったぞ!」
「甘いですね・・・それだからいつまでも聖将軍になれないのですよ。」
シルフィリアはカーリアンに向かって微笑みを向ける。
「探してない場所はもう1カ所だけあるのではないですか?」
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